福島から語る

東京で行われた「福島から語る」の講演内容をお届けします。

  • 「福島から語る」Vol.9 朝尾光二さん (2018年4月21日)

    嫁に行って、自分の名前がついたケーキでお誕生日を祝ってもらったのは生涯初めてだと。ローソクを立てて、ハッピーバースデーを歌うのですけれど、いつまで経ってもローソクを消さないのです。
    「消して下さい、切りますから」というと、「勿体無くて消せない」と言われて、ちょっと困ったこともありました。本当にすごく喜んでくださった。これを続けていました。月に一回これがあるというので、とても楽しみになさってくださいました。


  • 「福島から語る」Vol.8 大内信一さん(2017年9月23日)

    我々のほうれん草も主要な作物であったため、本当にこれからここで農業ができるのか、そんな思いで畑に行ったら、今、お話したように、私はほうれん草が叫んでいるように、本当にそう思ったんです。ほうれん草をみんなに「おいしい、おいしい」って食べてもらえば、ほうれん草も生きがいというか、育ったかいがあるわけです。私は、そのほうれん草を見て、思いました。農家の人は分るんですが、冬の寒さに遭ったほうれん草は畑全面を覆うように、葉っぱを精いっぱい広げています。「あっ、葉っぱを精いっぱい広げて土を守ったんだよ。」そう言っているように思えたんです。


  • 「福島から語る」Vol.7 湯野川政弘さん(2015年5月15日)

    湯野川政弘氏講話 2015年5月15日 
    皆さんこんにちは、私は湯野川政弘と申します。
    今日は、「原発事故から4年 自主避難者の秘めた思い・・・」と題して、福島からの自主避難者として、東日本大震災・原発事故から4年間の福島の状況、そして私たち家族の事をお話しさせて頂きます。


  • 「福島から語る」Vol.6 柳沼千賀子さん(2013年11月15日)

    柳沼千賀子氏講話  2013年11月15日
    私は福島県二本松市で生まれ、二本松で育ちました。途中30年間東京に住み、福島に戻り4年目になりますが、何の専門家でもなく一介の福島県人にすぎないものです。その立場から話させていただきます。
    原発に対しては、反対の立場に立っています。あの取り返しのつかない事故については、天にまで届くバベルの塔を建てようとした人間のように、神の領域に踏み込もうとした、その人間の傲慢が罰せられているのではないかと感じています。


  • 「福島から語る」Vol.5 信木美穂さんと避難者Kさん(2013年6月29日)

    信木美穂氏、避難者K氏講話  
    福島・区域外避難者の苦難-子どもたちの悲しみ、親たちの苦渋


  • 「福島から語る」Vol.4 佐藤優一郎さん(2012年6月22日)

    佐藤優一郎氏講話
    宮代の仮設住宅から来ました佐藤です。昨年の3月11日の震災、そして原発の爆発と放射能、強制避難を余儀なくさせられ、早や1年になります。
    自然災害だけなら、もうとっくに故郷浪江町の我が家に帰還していると思います。原発さえなければ、爆発した放射能さえ飛散しなければ、と思うと本当に怒りを覚えます。


  • 「福島から語る」Vol.3 高野郁子さん(2012年9月29日)

    高野郁子氏講師 2012年9月29日 東京・六本木にて
    原町教会は主に地震の被害を受けた。献堂60周年のお祝いをしたばかりで、壁や床や屋根などを細々ながらきれいに修繕して、慈しんできた古い教会だ。余震がおきる度に、各部屋の壁の亀裂がひどくなっていった。屋根の養生は建設会社にブルーシートをかけてもらった。


  • 「福島から語る」Vol.2 田中徳雲さん(2013年9月13日)

    田中徳雲師講話 2013年9月13日 東京・四谷にて
    私は一般の普通の家庭に生れ育ち、高校在学中は野球をしていたのですが、下手で、練習をやり過ぎてけがをし、入院、その入院中に先生に勧められて、吉川英治の宮本武蔵を読み、その本の中の沢庵和尚に強く惹かれ、自分もこのようになりたいと思い、坊さんになりました。


  • 「福島から語る」Vol.1 髙橋美加子さん(2013年3月8日)

    髙橋美加子氏講話 2013年3月8日 東京・四ツ谷にて
    福島原発から25キロ程北の南相馬市内の私たちの地域では、地震そのものからは大した被害を受けませんでした。同じ市内でも津波ですっかり荒廃した地域もありますし、南隣りの小高(おだか)町やその南の浪江町では建物がペッシャンコになっていました。あの地域は原発から20キロ、10キロ圏内です。